三月十七日 挽歌


これからうたふのは追悼の歌
仕事で運転中事故を起こして死んだ
ひとりの労働者のはなし
ありふれた交通事故は
地方紙の隅にも載せられず
同僚達もすぐに忘れてしまふ
あとに残されたのは
車の残骸と遠く離れた地で
かなしむ妻と家族たち

大きな車から跳び下りて
小走りにいそぐ
さいしょにしたのは
はぎしりで
こぶしがかたくにぎりしめられてゐた
どうしてどうして
このいきどほりをどこに向ければいい
どうして
どうしてこんな仕事を
してゐるのだらう
もうかわいた笑ひすら
出てこない
自嘲などではない
もう余裕なんてない
眞劍に問はずにはゐられない
どうしてどうして
止められない
知ってゐる
これは問ひではなく
叫びであり嘆きにすぎない
たがの外れた狂人のやうに
くり返しくり返し
悲鳴をあげて
やり場のない憤怒を
胸の中でぐるぐるまはし
はをかみしめて
たへるしかない
どうにもならないことを
知ってゐるから
声に出せない
叫びを上げるしかない
ああ
ああ
笑顔の仮面をはりつけて
用事をすませ
再び車にのりこむ
朝方は晴れてゐたけれど
雨雲が空をおほひはじめてゐる
工事をよけて街路を走る
左から一羽のセキレイが
すぐ目の前を横切って飛ぶ
ほんの一瞬の間の
ごくありふれた出来事に
目を奪はれて
羽根の白さが心に焼きついて
うづまく情念がからになり
ハンドルを握ってゐた
人間は糸の切れた人形となり
赤信号につっこんだ
黒い空に消える鳥を
目でおひかけて
自由を
桎梏から逃れて
天をかけ上がれる白い翼を
目でおひかけて

こんなありふれた労働者のはなし
いろんな場所でくり返されて
記録にのこす価値もない
よくあるかなしい
おろか者のはなし

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