三月十六日 実験


これはひとつの実験なのだ
ある意味でひとつの方法なのだ
わたしはくるしみを慾っしそして
それは与へられたのだ
どん底に落とされた人間はどのやうに感じ
どのやうに考へどのやうな思想を抱き
どのやうに生きあるいは死ぬのか
自恃のより所をあらかた奪はれ
卑賤な職に就き
育ててくれた親や家族親しい人の期待を裏切り
天にも地にも人にも恥づかしく
顔を上げて通りを歩けないやうな
自由も最低限の尊厳も希望もみつからない状況におかれて
たのむ所のない人はどんな風に変へられ
何をおもひ何をなすのか
観察しようとしたのだ
この実験の特徴は観察者と観察対象が同一な点にある
アヴェロンの野生児のやうにはいかない
被験者は自分であり
記述者は机の上のりんごを描写するのではなく
自分の目で自分の目を描かうとする
激情に翻弄される自分とそんな自分を冷静に見つめる自分がゐる
といふ具合には従っていかない
荒れ狂ふ嵐の中で投げ出された波のはざまで
人はおぼれないやうにもがき一片の木板にしがみつくのが精一杯だ
冷たい観察眼を保つ余裕はない
むしろさういふ余裕を持ち得ない場所を
実験の舞台として選定したのだ
自分で自分を突き落として
わたしは笑ふのだ
さう確かにわたしの顔には
くらいゑみがたたへられてゐた
わたしに手加減はない
全力で自分をしひたげようとし
実際にそれを行ったのだ
さあ見せてごらん
ここから君は一体どうするのかな
どうできるのかな
会心の笑みをうかべて私を見る私がゐる
目の前にゐたらおもはず殴ってしまふかもしれないが
わたしはそんな自分をゆるせないともおもへないのだ

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