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七月六日 まつり

まつりのひ くらやみのなか ゆらめく提灯が 地べたに座る民と 前を向いて歩く男と 神輿をかついで叫ぶ衆を うかびあげる 太鼓がうたれ 花火がひらく 通りの両側に屋台が並び 若い子らが笑ふ 男は申し訳程度の微笑をうかべ 人の間をぬって行く 大通りを過ぎて 角を曲がると 喧噪もあかりも すぐに遠くなり いつものうす暗い 裏通りのまん中を ひとり歩いてゆく つくり笑ひの消えた顔に 少しのかなしみと少しのくるしみと たくさんのとまどひと あきらめをうかべて 大きな歓声に振り返る目に 白い電灯と民家の壁が映る 向かうの広場に 神輿が着いたのだらうか 街灯の下で 男は鍵を取り出し 寓居に向かひ 歩き出す

七月四日 誕生日

おめでたうおめでたう わたしは今日で四十歳になりました 近所のスーパーで買ってきた 出来合ひのタルトを食べて 何となく満足してゐます 昼が白いです 窓に向かって座る頭の中に 映像が浮かびます 誰にも告げずに突然電車に乗り 死といふ終着駅への旅に出た男が なけなしの貯金を崩しながら ネットカフェを渡り歩いて 死ぬまでの日数を指折り数へます よく晴れてゐます 白い光が室内に入ってきます 何といふことでせう この集合住宅に静かにしてゐると 上や隣から足音や声や音楽が聞こえます 部屋の中から冷蔵庫の音もしてゐます すずめが なきます 自動車が通ります おめでたうおめでたう 四十回目の誕生日 わたしは平気です

七月二日 なったりする

率直に言って今わたしを動かしてゐるのは恐怖だ 金もそれを得る手段も持たない身の将来は 不安の一色で塗りつぶされてゐて 生活のためにとりあへず選んだ職場では 解雇につながる失敗への恐れが同僚たちの動機だ わたしはずっと夢を見てゐたい 家から出ずに心地の良い寝台で寝てゐたい 目を閉ぢてゐたい 見るに耐へない現実など見たくない 外にも出ず誰とも会はず ぼんやりとしたまどろみの中で 一生を終へたい なのに今自分の状況を感じ取れば ただただ戦慄しか生じない ここは地上でわたしは有象無象の一人で 楽園への帰り道ももうわからない 思ひ出したとしても飛ぶための翼もない身では 余計につらいだけだらう いや希望があるだけましなのだらうか 希望か 死ねばとりあへず終はるかもしれないといふ 根拠のはっきりしない与太話を信じて 死ねば救はれる かもしれない さうおもふことでしか ひとかけらの安心も得られない この世界は残酷だ ときにやさしかったり ときにやさしくなかったり わたしは波のはざまで揺られ よろこんだり くるしんだり たまにつかれて もういいやって なったりする

六月三十日 たんなる静寂

ねえ なあに? どうして? なにが? いやなんなのだらうこの拷問は とおもっただけ 大丈夫? 生きてゐる者で 大丈夫な奴なんて ゐやしないよ 元気ないわね 酔ったままでゐられたら どんなにか楽だらうね けれどどんな酩酊も いつかは覚めるときが来て 真顔になった人は 生といふ名の牢獄の中で 何もできずにひたすら 死がやって来るのを 待つだけの身であることに気づく 憂鬱とか絶望とか そんなに激しいものではなくて ここにあるのは たんなる静寂 さう たんなる静寂だけなんだ たへられるわけないよね たんなる人の身で だけど逃げ出すことも もうかなはないから それがわかってゐるから 身動きすらとれないで この小さな牢屋の中は とてもしづかなんだよ さうだね ひとりごとだね ひとりごとが響いてゐるね 別に抵抗してるんじゃないよ どうしようもないから どうしようもないねって 口に出しただけだよ

六月二十八日 まだつづく

まだ働き始めて三ヶ月分の給料しか受け取ってゐないが 銀行の預金通帳を眺めて 今仕事をやめたら一月は生きて行けるかな その一ヶ月で何をするのかなわたしは などとおもふばかりで ほんたうに 自分のやうな者はこの社会の中の どこにゐればよいのだらう 流されるがままにここまで来たが ここが終着地といふわけでもなく ここから先にはいったいどこがあるといふのだらう そこでまた まだわたしは 生きて行くのだらうか 沈みかけた 夕日の照らす 並木道を行く たんそくも ことのはも のみこんで わたしの目から ただ音もなく なみだがこぼれ

六月二十五日 自立

何となくわかってゐたことだが ○○○とゐる時は独りになりたかったし 今かうして一人になってみると ○○○と一緒にゐたくなる わたしは彼女を利用してゐるのだとおもふ 自分の生存の安定のための 支へのひとつとして使用してゐるのだとおもふ だからわたしは彼女からも独立しないといけない 自立できてはじめて一緒に暮らすこともできるだらう 経済的にも精神的にも 独り立ちできたときは きっと再びひとつになれるだらう それは以前の二人の関係とは 同じやうでゐて異なるものとなるはずだ たぶん彼女も同じやうなことを考へてゐる気がする お互ひに離れての生活はつらいが 通らなければならなかった道だといふことを 認めなければならない とてもをかしなことだが 次にわたしが○○○と一緒になれるのは なれるとしたら わたしが彼女を必要としなくなったとき以外にないだらう

六月二十三日 たんそく

学校はたへがたい場所だった 未熟な子供にはつらかったらう 自傷行為を繰り返し 授業ではノオトの端に日記をかいてゐた 体育ではグラウンドの真ん中で 何もせず突っ立ってゐた もちろん先生にどなられた 理由がない だから動けない なのに周囲は動き わたしは巻き込まれて流されざるを得ない こんな苦しみが他にあるのか 当時のわたしにはおもひつかなかった そんな子供の姿をふとおもひ出す 今わたしは何も変はってゐない 理由がない なのに生きてゐる これほどつらいことがあるだらうか わたしにふさはしいのは 精神病院のベッドか 橋の下にダンボールで作った寝床であって ここは本当に場違ひだ けれどわたしが途中で退場したら 残された親や妻はどうなるかと 考へてしまふ たんそくするしかない 生まれなければよかったと