売れない時節のしあわせ

本の発行から半年と少し経ちました。8ヶ月の間、売れたのは二冊です。一人の旧友が買ってくれました。

先日キンドル版も完成しました。お一人ダウンロードして頂きました。ツイッターでつながりのある方です。

家族や親族を含め、日頃お世話になっている方々に差し上げた分を合わせても、十部にも満たない流通量です。・・・流通しているとは言い難いですね。

さきほど本屋に立ち寄りましたら、最近芥川を受賞した本の帯に「160万部突破!」とあるのが目に入りました。ますます増える勢いの様です。

本が売れないというのは悲しいものです。何年もかかって作り上げた作品ならなおさら。収入もなく、入る当てもない中、自分は何をしているのだろうか、という自虐の落とし穴に足を取られて抜け出せないこともしばしば。

しかし、思うに、今の、売れていない時期、というのは、暗いばかりではないのです。むしろこれはある意味幸せな時期でもあります。

私は自分の本が誰に読まれているか、知っています。しかし、百万部売れる本の筆者は、自分の書いたものがどんな人に読まれているか、把握できないでしょう。

自分の作品を過度な露出から守ることが、今はできるのです。不特定多数の目に無防備なままさらされるような状況に作品を追いやらずに済むのです。

過保護と言われればそうかもしれませんが、成人ならともかく、生まれたばかりの赤ん坊だって、自立するまでは親が付き切りでお世話をするでしょう。似たようなことではないでしょうか。

別に、わかる人にだけわかればよい、大衆受けしないのはむしろ誇りとすべきことだ、などと開き直っているのではありません。私は自分の作品の読者層を限定して考えてはいません。可能性は誰にでも、教養教育趣味性格思考の如何によらず、開かれていると思っています。閉じた表現の価値を否定はしませんが、今回の自著に限って言えば、閉じた作品を書いたつもりはないのです。

作品が売れないというのは、悲しくもまた幸せなことです。半年以上経って初めて、自然とそう思えるようになりました。

このままではいけない、という思いも強くなっていますが、まあ、焦っておかしな行動に出るよりは、なるようにしかならない、と思って辛抱強くやって行こうと思っています。

今まで自分の周囲には、ごく一部の例外を除いて、本を書いたことさえ知らせていなかったのですが、そろそろ、自分の知人、友人にも本のことをお話しして行ってもよいのかなと思っています。


いつか自分が作品から子離れできる時がくることを祈りまして。いや、来てもらわないと大変困るのですけどね・・・。


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